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白い花

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そばにいてね【桜井兄弟×バンビ】


ときメモ GS3のSS。

2年目 夏

呼び方は「コウくん」「琉夏くん」

三角関係デート中のお話です。

 

ライブハウスを出ると、街は既にネオンの光に揺らめく歓楽街の気配を纏っていた。

真夏の夜が持つ独特の熱気と解放感に満ちた街角には、そこかしこにたむろする若者たちが熱帯魚のように華やかにさんざめいている。


「あー、楽しかった!ね、コウくん、琉夏くん」


薄暗く狭い階段を上って外の空気を胸一杯に吸い込んだみな子は、深呼吸がてらに背伸びをすると背後から登ってきた桜井兄弟を振り返った。
 

「ああ、今日のは悪かねぇぞ」
「オマエが楽しかったんなら、俺は満足」


大柄な身体に見合ったいかつい顔の琥一が上機嫌に言えば、その弟の琉夏はあいまいな笑みを浮かべてみな子の隣に立ち、からかうように琥一に目を向けた。


「今日のバンドさ、悪くはないけど、あの髪形だけは理解できないよな」
「るせーぞ、ルカ。アイツらはあれでいいんだよ」


苛立たしげに威嚇する琥一に、琉夏が面白がって何か言い返す前にみな子が二人の間に割って入った。


「もう、琉夏くん。あんまりコウくんをからかわないの!」
「ひどいな、みな子。俺はコウで遊んでなんかいないって。……そう、遊んでなんていない」
「そんなふうに目をキラキラさせて言ったって説得力ないよ、琉夏くん」
「心外だな。俺はコウが怒ってるとこ見るのが楽しいだけなのにさ」
「ンだと。俺をからかおうなんざ百年早ぇんだよ。バカルカ」


ケッと笑った琥一の様子と、目を吊り上げて自分を見上げる少女の姿を見て、これ以上は兄をからかえないと悟った琉夏はつまらなそうに鼻を鳴らし、頭の後ろで手を組んだ。


「で、みな子、どうする? 飯、食べてく?」
「うーん、そうだね。何か食べてこうかな。コウくんもそれでいい?」
「おう」
「じゃあちょっと待ってね。お母さんに連絡するから」


肩掛けのショルダーバッグから携帯電話を取りだしたみな子が母親に電話をしているのを横目に、琉夏が素早く琥一に目配せした。


「―――ああ」


低く琥一が答える。二人で同時に目を向けた先は、駅前のメインストリートへ向かう枝道のひとつだった。


遠く街の喧騒の向こうから聞えるのは、彼らがよく知っている類のざわめきだ。
複数の男たちの怒声と女たちが止めに入る高い声が切れ切れに流れてくる。


どうやら、ここから少し離れた場所で喧嘩騒ぎが起きているようだ。


夏の夜の空気に酔った血の気の多い男たちが、ささいなきっかけでもめ事を起こすのはよくあることだ。


桜井兄弟も少し前まではその中の一人だったし、むしろ積極的に騒ぎの種になってヤンチャをしてきたのだから今さら文句を言う筋でもないのだが、今日はダメだ。


チラ、と傍らで電話をしている幼馴染の少女に琥一が目を向ける。


素直な気性がそのまま表れた優しげな顔立ち。小柄な身体は琥一から見れば吹けば飛びそうに見えてひどく心もとなく感じられた。


―――コイツを巻き込むわけにはいかねぇ。


琉夏も同じことを考えているのか、さりげなく少女の背を押して騒ぎとは逆方向に歩みを誘導している。


このまま離れてしまえば大丈夫。無用なケンカ騒ぎは二人が望むところではないのだ。
忌々しげに琥一が舌打ちする。


「チッ、夏だからってハシャイでんじゃねーぞ、ガキ共が」
「元気だよなぁ、こんな暑い夜にケンカするなんて」


のほほんと琉夏が笑う。綺麗な金色の髪がネオンに映えて一層きらめいた。


電話を終えたみな子は、左右に並ぶ背高な幼馴染みたちを見上げ、お待たせ、と笑う。



「何食べよっか。二人は行きたいお店とかある?」
「肉」
「デザートのある店がいいな」


間髪入れずに帰ってきた答えに、みな子は一瞬きょとんとした後で声を上げて笑った。


いつも同じだね、とケラケラ笑う少女の背を琥一がポンと叩く。


「笑うなっての。ホレ、いつものファミレス行くべ」
「あっははは、はーい、コウくん」
「ハーイ、オニイチャン」
「バーカ、気持ち悪ぃ声出すんじゃねぇ、ルカ」


じゃれあいながら歩き始めた三人を、通り過ぎてゆく人の何人かが訝しそうに振り返ってその背を見送った。


それはそうだろう。彼らの容姿はひどく目立つ。開放的な雰囲気に満ちた街角で、こんなのんきなやり取りを交わす人種には思えない空気を持っていた。


誰がどうみても喧嘩上等の武闘派に見える琥一と、一見温厚そうに見えて、どこか底の知れない琉夏。


二人がこの界隈で名の知られた桜井兄弟だと知らなくとも、どうにも人目を惹く組み合わせだった。


―――そして、そんな二人に挟まれて楽しそうに笑う優しげな空気をまとう小柄な少女。


ごく自然な笑顔で両脇の青年たちを見上げる姿は、異種の存在を無理矢理同じ場所に置いているようなアンバランスさを見る者に感じさせた。


もっとも当人たちは名前も知らぬギャラリーの思惑など知ったことではないので、彼らの「いつも」と同じように笑ったり呆れたりしながら夜の街を歩いていったのだった。




☆☆☆



 

夕食を終えて帰路につく。


駅前通りに向かう道を歩きながら、琉夏が嬉しそうに少女にじゃれついた。


「さっき、オマエすげぇ可愛かった!ね、もう一回やってみせて」
「や、やだよ、ルカくんどうせ笑うんでしょ」
「笑わない、笑わない、な?コウ」
「あぁ?知らねぇよ。―――つーか、オイ、邪魔くせぇからまっすぐ歩けっての」


じゃれ回る琉夏とみな子にぶつかられた琥一が迷惑そうに顔をしかめる。あからさまに押しのけられても琉夏は頓着せずに明るい声をあげた。


「だって、さっきのみな子、メチャクチャ可愛くなかった?」
「―――そりゃまあ、確かに、」
「ホラ、コウももう一回見たいって、ね!」
「もう!コウくんも止めてよね」


どうにも引き下がる気のない琉夏に辟易したみな子が口唇を尖らせてコウに抗議する。
なんで俺に言う、と琥一がうんざりと息を吐いた。
この三人で集まると、どうしてか自分ばかりが苦労させられる気がしてならず、琥一は憮然としたまま不肖の弟の首根っこを掴みあげて少女から引き離した。


「ベタベタひっついてんじゃねぇよ、うっとうしい」
「あれ?コウ、もしかしてヤキモチ?」
「バ、バカか。テメー」


今度は兄弟二人でじゃれ合いはじめたので二人から少し距離を置いたみな子はようやく人心地つけた。


琉夏のじゃれつきでよれてしまったシャツの襟を直しながら、みな子が少し後ろで仲良くどつき合う琥一と琉夏を振り返る。


「コウくん、琉夏くん、遊んでないでそろそろ行こう―――、きゃっ」


ドン、と背中に衝撃を受けてみな子はよろめいた。


「アッレー?誰かいた?」


陽気な男の声がしてすぐに仲間らしい数人の囃し声と甲高い笑い声が耳を打った。
通りのビルの階段から下りてきた男たちのひとりにぶつかってしまったらしかった。
彼らは前を見ずに勢いよく道に出てきたようで、そのためみな子に気づけずにぶつかったようだ。


慌てて少女は自分がぶつかった男に頭を下げて謝った。


「す、すみませんでしたっ」
「んー?…いいけどさー、前見て歩こうネ、お嬢チャン」


酒臭い息がかかる。背後では派手な髪色をした若い男たちがさもおかしそうに男とみな子に指を差して笑っていた。


「なーにカッコつけてんだよ、そんな柄かってーの」
「うるっせーよ、オレは可愛い女の子には紳士なの」
「てーか、オネエチャン、チョー可愛いじゃん?お詫びがてら俺たちと遊びに行かねー?」
「オッマエ、なーにナンパこいてんだよ」


男たちがギャハハと笑う。随分と酔っぱらっているらしい彼らの様子にみな子はオロオロと目を泳がせた。


このまま立ち去っていいものだろうか、と惑ったみな子の前にふと影が差す。


「うちのツレが迷惑かけたみてーだな」


みな子と男をへだてるように腕を伸ばした長身の影の主が誰かを悟って安堵の息をつくと同時に、みな子の肩を引き寄せる誰かの手があった。


「ヒーロー参上、ってね。遅くなってごめん」


茶目っけのある笑顔で琉夏に覗きこまれてみな子もようやく笑みを浮かべた。


「ううん。大丈夫。私こそごめんね」
「平気。お姫様を守るのはヒーローの仕事だからね」


安心させるように琉夏が笑う。


「ンだと!テメェ何様だコラ!」


急に響いた甲高い怒声に、ひゃっ、とみな子は肩をすくめた。
目を向ければ、琉夏とみな子が言葉を交わした少しの間に、琥一と男たちの空気は険悪になってしまっていた。
みな子がぶつかった男だけでなく、派手な髪色をした男たちまでもが真っ赤になって琥一を睨みつけている。


190センチ近い琥一との身長差のおかげで見上げる形になっているのが、男たちを更に怒らせる原因となってしまっているようだ。


「だーかーら、悪かったっつってんじゃねぇか」


面倒くささを隠しもせずに琥一が首筋をかいて男たちを見下ろすと、彼らは泥酔して赤くにごった目に怒りを滲ませた。


「デケェ図体して謝りかたもわかんねーのか?あ? 大体、テメーの女がフラフラよそ見して歩いてんのが悪ぃんだろ!こちとらぶつかられたヒガイシャだぜ」
「あぁ?人が下手に出てれば調子こきやがって。―――テメーらこそ前見て歩きやがれ。道に出る時は左右を見てから歩きましょうって学校で習わなかったのかよ」


一色触発の雰囲気に、息を飲むみな子の背後で琉夏が「あーあ」と、どこかのんびりため息をついている。
元々、人の下手に出たり謝ったりするのが苦手な琥一のことだ。口調のせいでいつも損をしがちなのはいつものことだが、こんな繁華街で騒ぎを起こすのはまずい。


いつの間にか周囲には興味津々でこちらを見る野次馬がいて、知らずみな子は両手を握りしめた。


「コ、コウくん。やめよ? 私が前見てなかったのが悪かったの。だからもう行こうよ」


「そうだよ、コウ。今日はやめとこうぜ」


琉夏が宥めるように琥一の肩を叩いた。
飄々とした琉夏の声がやけに場違いに辺りに漂う。琥一もその辺りはよく心得ている。今日はこういった類の騒ぎとは無縁であるべきだった。
―――チッと忌々しそうに琥一が舌打ちをするが男と合わせた目は逸らさない。いや、逸らせない。逸らしたが最後、拳が飛んでくることは間違いなかった。


互いを威嚇するように睨みあう琥一と男たちの様子に埒が明かないと察したみな子は、琥一と男たちの間に割り込んだ。


「あの!ぶつかってすみませんでした!私たちもう行きます!」


「うるせー、今さらお嬢チャンが謝ってもしょーがねぇんだよ!怪我したくなきゃすっこんでろ」


再び謝ったみな子を男は一瞥もしないまま、ぞんざいにその細い肩を押し払った。


「…きゃ」


「―――みな子!」


既にぶつかったぶつからないの問題ではなく、琥一と自分たちの喧嘩にしか意識がいっていないせいだったが、押されてバランスを崩したみな子がよろめいた勢いでその場に尻もちをついた瞬間、ざわりとその場の空気が変わった。


「テメーら、いま何やったかわかってんのか、あぁ?」
「な、なに―――」


ひと呼吸の間にみな子を押した男の胸倉を掴み上げて琥一がすごむ。


怒りの為にひと回りも大きく見えるような琥一の気配に男は情けない悲鳴を上げた。


ボキボキと手の骨を鳴らしながら琉夏が男の一人に近づく。温度のない冷えた眼差しと裏腹に気軽な歩調だった。
ただ、その声音だけが冷え冷えと男らの耳を打つ。


「人が穏便に収めようって言ってるのに、なにチョーシくれてんだよ。―――ウチのお姫様に手を上げてただで帰れると思うな、よ!」


ス、と腰をかがめた琉夏が一瞬男たちの視界から外れる。次の瞬間には重苦しい打撃音が響いて男のひとりが悲鳴と共に地面にひっくり返っていた。


「チッ、結局テメーが先に手ぇ出すんじゃねぇか」


呆れたように顔をしかめた琥一が胸倉をひねりあげていた男を突き飛ばした。
大げさなほどに地面に尻もちをついた男を琥一は睥睨すると、細めた眼差しを男に向けたまま足先で男を小突きまわす。


「―――オラ、前見ないで歩いてすみませんでしたって謝ってみろや。デカイなりして謝罪もできねーのか、あ?」
「ヒ、ヒイィ…!オレたちは、なにも悪くねぇよ!」
「なんだと?もういっぺん言ってみろや」


怒りの滲む琥一の恫喝に男たちの顔色が変わった。元々、踏んだ場数が違う。
すごみ方から相手を殴るタイミングまで、琥一風に言う「トーシロ」のそれとは何もかもが違いすぎた。


もはや騒動の始まりがなんなのか分からない有様だ。
泥酔していた男たちは徐々に酒気が醒めてきた様子で、どうすべきか互いに互いを窺いはじめる。


明らかに腰が引けている様子に興ざめした琥一がひとりひとりの顔を見渡すと、男たちは退路を探して周囲に忙しく目を向けた。


「―――チッ、ビビるくれーなら、最初っから引いときゃいいんだよ」


男たちの逃げる方向を塞ぐような位置をとった琉夏も醒めた口調で地面を蹴る。


「なんだよ。もうおしまいかよ。―――てーかさ。お前ら、どう落とし前つけてくれる気?」


琥一と琉夏が目配せする。次いで琥一が口を開こうとしたところで、殺伐とした空気を破る澄んだ声が響き渡った。


「コウくん!琉夏くん!もうダメ!!」


わずかに震えたその声は細い少女のそれだった。
ハッとしたように琥一と琉夏が目を向けた先には、彼らの幼馴染みの少女が必死な顔で二人を見据えていた。


「みな子―――」


琥一が茫然と呟くと同時にその場の張りつめたような空気が弛緩する。


「や、やってられねーっての!―――おい、行くぞ!」


それに気づいたのか男たちが捨て台詞を残して走り去っていく。野次馬にぶつかりながら遠ざかる男らに、もはや一片の興味すらない兄弟は互いを見交わして気まずそうに目を逸らした。


「―――もう、行こうよ、二人とも」


怒ったような顔をしていても、みな子の目からは今にも涙が零れそうだ。


途端に周囲の野次馬たちのざわめきが耳に入り、二人は困惑を露わにみな子の様子を窺った。
先ほどまで堂の入った立ちまわりをしていた人物とは思えないような神妙な表情をする二人を、みな子は涙を堪えてキッと睨んだ。


「行こう。コウくん、琉夏くん」


幼馴染みの少女の細い手に引かれて、兄弟は野次馬から逃れるようにその場を離れた。

 


人ごみの喧騒から離れた歩道まで来ると、みな子はつかんでいた手を離してクルリと振り向いた。


街なかから少し離れた場所のせいか、薄暗い道にまばらに点在する街灯の灯りの下、少女はどこか悲しげに二人を見た。


黒目がちな目が未だに潤んでいるのが目に入って、琥一と琉夏は狼狽えてしまった。


この少女の涙に、二人は無条件に弱くなる。
幼い頃から今も変わらず、みな子にこんな目で見られると、自分がひどく悪いことをしてしまった気がしていたたまれない気分になった。


「どうして、あんなことするの」


震える声で問われて琥一はお手上げするように首の後ろをかくと大きく息を吐いた。


「悪かった。―――ついカッとなっちまった」


ため息で押し出すように琥一が呟くと、琉夏もまた小さく「ゴメン」と呟いて肩を落とした。


「…オマエに危害を加えられたとこ見たらさ、頭ん中真っ白になったんだ」
「ふ、二人があんなことすることないよ。喧嘩なんかしちゃダメ。―――さっきのは私の不注意で起こったことなんだから、二人が怒ることないんだよ。…そんなの、ダメ」


硬い声でみな子は言うと、目尻に滲んだ涙をグイと手のひらで拭った。


―――そんなに擦ったら目が赤くなってしまうのに。
琉夏がそっと手を伸ばして少女の手を押さえる。そのままみな子の目を覗きこんで意地っ張りな少女に優しく言い聞かせた。


「そんなの、じゃない。俺たちが怒ることだよ。オマエが危ない目に遭ったら、俺たちが守るに決まってる。―――だって俺はみな子のヒーローだからね」


「琉夏くん…」


「ルカの言うことに同意するわけじゃねーがな、テメーがぼんやりしてる分、俺たちが危なくないように見張っててやるっつってんだ。
俺たちの気が短けぇのは俺たちの問題だ。喧嘩しようとなにしようとお前が気にするこっちゃねぇんだよ」


「コウくん…。だ、だって喧嘩したら、怪我しちゃうかもしれないでしょう?私のことを庇って二人が怪我したり―――危ない目に遭うなんて、そんなのイヤだよ」


涙を堪えてみな子の肩が大きく震える。わななく口唇が声もなく「こわいよ」と言葉を紡ぐ。
琉夏と琥一は胸を突かれたようにハッと息を飲んだ。


「私のことを守ってくれたって、二人が痛かったり怪我したりしたら、意味なんてないもん」


とうとう涙声になったみな子は、泣きだした自分を恥じるように顔を俯けて涙を擦った。


「―――ばかだな、みな子。オマエを守ってする怪我なんて俺にとっちゃ勲章みたいなもんだよ」


ふふ、と笑ってみな子の肩を抱いた琉夏が、限りなく優しい声でもう一度「ばか」と囁いた。


琥一は弱り切った風情でみな子の頭の天辺を見下ろした後、壊れ物に触れるような仕草でそっと少女の髪を撫でつける。


「悪かった―――。もう心配かけねぇようにする。だからもう泣くんじゃねぇ」


どこまでわかっているのか怪しい内容だったが、その声は深くどこまでも優しい響きだった。


すん、と鼻を啜ったみな子は小さく頷くと、すっかり赤くなった目を拭いながら幼馴染み達を見上げた。


弱り切った様子で眉を下げる二人は、幼いころ子犬のようにじゃれ合って駆け回っていたあの頃とちっとも変らない表情でみな子の前でそわそわしている。


まるで叱られた子供のような顔をする二人がおかしくて、みな子は思わず笑ってしまった。
クスッと笑った少女が雲間から射す陽の光のような笑顔で琥一と琉夏を見上げる。


眩しげに目を細める二人にみな子はまだ涙の気配の残る声で呟いた。


「コウくんも琉夏くんも、優しいね」


ふふふ、と肩を揺らす少女を横目に琥一と琉夏は互いに目を向けると、ほぼ同時にため息をついた。


―――誰にでも優しいわけでないことを、果たしてこの少女は分かっているのだろうか。相手がみな子だからこそなのに。


やれやれ、と琉夏が肩を竦めれば、琥一も呆れたように天を仰ぐ。二人の態度にみな子は首を傾げた。


「な、なに?私、変なこと言った?」
「なんでもねーよ。―――オラ、泣きやんだんならそろそろ帰るぞ。あんま遅くなるとおばさんに怒られちまうからな」
「そうそう。もう桜井さんちのご兄弟と遊んじゃいけませんって言われたら困るもんね」


行こ、と琉夏の手がごく自然な仕草でみな子の手を引く。うん、と、みな子も子供のように頷いた。


そんな二人をどこか面白くなさそうに目を眇めて眺めていた琥一が、ポケットから取り出したハンカチを少女に差しだす。


「ホレ、これで顔ふいとけ」
「―――ありがと、コウくん」
「おう」


ぶっきらぼうに返事をしたコウに琉夏が意地悪そうにニヤニヤと笑いかけてくるのが苛立たしくて、琥一がきつく睨むと弟はしらばっくれるように目を逸らした。


「? どうしたの、コウくん」
「…っ、いいから。―――とっとと帰ぇるぞ!ルカもいつまでこいつの手を握ってやがる。さっさと離せ」
「おっかねぇなぁ、オニイチャンは」
「……ああ?なんだと?」
「もうっ、喧嘩しないの!」


先ほどまでに萎らしい空気が嘘のように、騒々しいやり取りを始めた二人にみな子は安心したように微笑んだ。


彼らといる自分が一番楽に息ができる気がする。


それはきっと二人も同じで。


だから、もう少しだけ。あと少しだけ。
彼らと一緒に、「幼馴染み」のままでいられたら。


みな子はそう祈るように胸に呟いた。



目の前では二人の兄弟の広い背中が揺れている。


子供の頃とは違う、すっかり大きくなった兄弟の姿を改めて実感して、みな子は戸惑うように瞬いて立ち止まった。
するとそんな少女に気づいたのか、前を行く二人が訝しげに振りかえる。


「どうした?」
「ホラ、行くぞ、みな子」


ごく当たり前のように伸べられた手。


「なんでもない。行こ。コウくん、琉夏くん」


みな子は泣きたいような笑いたいような気持ちのまま二人の手を取って歩きだした。



今はまだ、子供のままで―――、そばにいてね。



少女の願いに応えるように繋がる手は温かく確かな力が込められた。




☆Fin☆


<2011.4.11>

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