忍者ブログ

白い花

Dummy

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

砕けた月を抱くように【斯波と鏡子】


藤田BADエンド「秘密倶楽部」のあとの斯波さんと鏡子様のやり取り。

斯波さんが百合子奪還に動くといいのになーと妄想してみた(´∀`)



砕けた月を抱くように 【斯波と鏡子】




 

突然の斯波の来訪にも鏡子は機嫌良く応じた。


鹿や狼の剥製を権勢を誇示するがごとく大仰に飾った重厚な応接室に入るなり、鏡子は華やかな笑みを振りまいた。


「あらあら!お久しぶりね、斯波さん。ここのところ上海と満州を行ったり来たりで忙しかったんですってね。商売繁盛で結構なことだわ」


長椅子から腰をあげた斯波は軽く会釈すると、形ばかりに突然の来訪を詫びる言葉を告げた。
だがその表情は常になく強張っていて血の気がない。斯波は鏡子が席に着くのももどかしかく口火をきった。


「時に鏡子さん。あなたも知ってのとおり俺はここしばらく日本を離れていた。先日ようやく帰国したところだが、帰ってきてからどうにも奇妙な噂を耳にする。あなたならば何かご存じではないかと思って伺ったのだが、聞いてもいいだろうか」


「まあ、わざわざうちにやって来てまで、あなたがあたくしに聞きたいことですって?ほほほ、珍しいこと。よろしくてよ。あたくしにわかることなら答えてさしあげるわ」


あでやかな笑みを一層深めて鏡子は小首を傾げてみせる。成熟した女の見せる思いがけず愛らしい仕草に、大抵の男は胸を高鳴らせるのだろうが、生憎と斯波には通じなかった。
むしろ、彼女の手管をよく知っているがゆえに斯波の表情は一層強張るばかりだ。
今様色にひと際濃い牡丹と野草をあしらった友禅風の着物に唐蔓草のモダンな帯上げを難なく着こなした鏡子は、どこか挑むように斯波の目を覗きこんで口の端を吊り上げる。
ごくりととひとつ息を飲んで、斯波は慎重に口を開いた。


「単刀直入に聞こう。少し前に、帝都の社交界の―――いかがわしい趣向を持つ紳士淑女たちが集う倶楽部のひとつに、花形女優が現れたという話を聞いた」


「まあ」


炯々と目を光らせる斯波は、獰猛な獣が飛びかかる寸前のように喉を唸らせ、ひとつのごまかしも許さぬと鏡子を睨めつけた。


「その倶楽部では、花形女優を中心に、毎夜、口に出すのもおぞましい宴を開いているともな」
「好事家の皆さんは、愉しい催しごとがお好きですからね。その宴とやらもそういった趣向なんでしょうよ」


女主人の笑みすら含んだ答えに、逸る気持ちを堪えるように斯波はひとつ息をついた。


「鏡子さん。俺は帰国してすぐに野宮家に行った。そうしたらどうだ。屋敷の中はがらんどうと来た。お姫さんも殿様も、あの混血の家令の姿も消えている。いったいどういうことだろうと、俺は死に物狂いで探したよ」


淡々と言葉を連ねる斯波の目の中に炎が揺れているのを見てとって、鏡子はクスリと笑った。
この男が自分の前に訪れたということは、あらかた証拠を固めたうえでのことだろう。
斯波は大胆な手口で財を為したが、その一方でひどく緻密な策を組む。鏡子の耳に入らぬように情報を集めるなど、なまなかな人間にできることではないのだ。
かつてパトロネスとして世話をしてやった男の成長を喜ぶ意味を込めて、鏡子は目を細めて男を見た。


「お姫さんが消えたとあっちゃあ、あなたもさぞかし驚かれたでしょうね。でも、ねえ?なにがおっしゃりたいのかしら、斯波さん。ちっとも単刀直入ではないと思うのだけれど」


蟲惑的で煽情的だと男どもが口を揃える鏡子の微笑にも揺るがず、斯波はまっすぐに女の目を見据え、押し殺した声で問うた。


「野宮家の連中―――、野宮百合子はどこに消えた。あなたなら知っているだろう、天海鏡子さん」


問いに答えず鏡子は笑みを深めた。場の空気が急激に重苦しさを増してゆく。
得体の知れない女郎蜘蛛の微笑を湛えた女の視線に呑まれたように、斯波はあえいだ。
底のない闇に足元から這い上がられるような、なんとも言い難い気色の悪さを斯波は奥歯を噛みならして堪えた。


怖気を振るう斯波の様子にふふふ、と鏡子は笑う。


「斯波さんはご存知かもしれないけれど、あたくしはね、お人形が大好きなの」


鏡子は艶やかな朱唇を吊り上げた。


「可愛らしくて美しいお人形を侍らせるのは、あたくしの楽しみのひとつよ」
「―――」
「人形はいいわ。どれも可愛らしいもの。うふふ、健やかに陽の下で輝くお人形も素敵だけれど、闇の中でしか生きられない可哀想なお人形も、あたくしはだぁい好きよ」
「―――っ、あんたは…!」


気色ばる斯波を目線で押さえて鏡子は続けた。


「あなたはもうほとんど知ってらっしゃるようですから、あたくしもごまかしはしませんよ。でもね、斯波さん。あのお姫さんは、ご自分で選んであの暗がりに入っていったんですよ」
「っ!まさか、あの人がそんなことをするはずがない!あなたがそそのかしたんだろう、鏡子さん。俺はあなたの手管を多少は知っている。世間知らずの姫ぎみのひとりやふたり言いくるめるのは、あなたにとっちゃあ赤子の手をひねるよりも簡単なことだっただろうな」
「あらま、お言葉ですこと」


気分を害した風情で鏡子は形の良い眉をひそめた。
白い指でとがった顎をなぞりながら、鏡子は斯波を流し見て、ふう、とため息を吐いた。


「誰もかれもがあたくしを悪者にしちまうんだから、面白くないったら。……あたくしはね、困ってる人を助けてあげてるだけなんですよ。
遊び相手がほしい人には見合った遊び相手を。道ならぬ恋に落ちた人には偽装結婚のできる相手を。―――そして、お家の負債を自身で贖いたい人には、その身を対価にできるお仕事を」


にぃ、と鏡子は笑った。


「箱入りのお姫さんは、自分だけが綺麗なまんまじゃ嫌だっておっしゃったんですよ。殿様だけに泥をつけられないって覚悟を決めて、自分から汚泥に塗れることを選んだんだ。なんとまあ、潔いお心映えじゃありませんか」


「だから、あなたはあの人をそんなおぞましい見世物小屋に売り払ったっていうのか!」


青ざめた斯波の怒声にも動じず鏡子は涼しい顔で頷いた。挑発の色も露わに斯波の名を呼ぶ。


「今のお姫さんは、ちょっとないくらいに美しいお人形ですよ。うふふ、退廃の美っていうのかしらね。美しいものが壊れたあとの、なんとも言えない哀れな淫靡さが、見るものに嗜虐の心を催させるっていうか―――」
「それ以上は言うな」


断固とした声で斯波は遮った。
燃えるような目で鏡子を睨む。今にも飛びかかりたいのを堪えてか、膝に置かれた拳はブルブルと震え、その口唇もまたすっかりと血の気を失っている。
豪気なことで知られる斯波の、絶望と怒りに震える姿に満足したのか、鏡子は一転して、優しい声で囁いた。


「あなたとあたくしの仲ですからね。斯波さんが望むなら、あのお姫さんを取り戻す取り持ちをしてやったってかまやしませんよ」


うふふ、と笑うその表情に確かな嗜虐を見てとって斯波は身構えた。


「でもねぇ、ユリさんは今じゃもう、あなたが誰だか忘れちまってますよ」
「―――そこまで、あの人を嬲ったのか、連中は…!」


残酷なその言葉に、ガツンと頭の裏を殴られたような衝撃を得て斯波は呻いた。震える声で罵声を吐き捨てる斯波を鏡子は軽やかに笑った。


「さあねぇ。でも、案外忘れてしまったほうが幸せなんじゃありませんの?阿片で脳髄が蕩けきって、今日のことさえ覚えていられないほうが苦しまなくってすみますものねぇ」
「…な、」


言葉を失った斯波に、鏡子は甘い笑みを浮かべて手を伸べた。女郎蜘蛛が舌舐めずりして獲物を絡め取ろうとしている姿だ、と斯波は怒りで痺れる頭の奥で考えた。
呑まれるわけにはいかない。今は、まだ。
あの誓いを果たすまでは。
この恩義ある恐ろしい女人の獲物として取り込まれるわけにはいかなかった。


ぐ、と腹に力を込めて斯波は鏡子を見返した。


彼にとってただ一輪の百合である彼女を救いだすまでは、どんな苦難にも膝を屈するわけにはいかないと自身を鼓舞する。


「それでもいい。俺のこともすべてのことも忘れていてもかまうものか。俺はあの人を今度こそ、この腕に抱く。どんなあの人だって関係ない。誰にも邪魔などさせるものか」


斯波の覚悟を見てとったのか、女主人はそれは満足げに笑ってみせた。落ちてゆく人間を踏みにじる瞬間を心待ちにしてでもいるような毒を孕んだ笑みだった。


「うっふふふ、いいでしょう。それじゃ、まずはあなたの覚悟を見せてもらいましょう。今のあのお姫さんをご覧になってみるといいわ。そうね。さっそく、今夜でよろしいかしら?」


無言で頷くと、斯波は厳しい表情のまま、寸の間目を閉ざした。


―――瞼の裏で真っ白い手巾が眩しくひらめく幻想。


それだけを胸に抱いて、斯波はゆっくりと目を開く。


この世のどんな暗黒からも目を逸らさぬ覚悟をもって。

 



<2011.6.30>

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Trackback

この記事にトラックバックする

Copyright © 白い花 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]