 
2Days (九条→紺野)
	
	地べたに寝ころんだまま目が覚めた。
	 
冬の冷たい空気が肺の奥まで染み込んできて一層体が冷えてくる。
	
	吐く息が白い。
	身じろいだら顔の脇でカサカサと落ち葉が鳴った。
	
	今夜もあの廃遊園地に連れてこられたらしい。
	身を起こそうとしたけれど、吸わされた薬の影響で頭の芯が鈍く痛んだので一旦力を抜いた。
	いつもよりも体が重く感じられる。
	キバ太郎に拉致されるのは分かってはいたけれど、もう少し穏便にやってほしいものだな。
	そう考えてから、拉致に穏便もなにもないか、とおかしくなってしまった。大体、この状況自体が不本意極まりないのだし。
	だけど、そうやって笑ったことでようやく動く気になれた。
	
	「やれやれ。それにしても地面に放置することはないだろうに」
	
	立ち上がって服の落ち葉を払いのけると周囲を見回す。
	
	遊園地のそちこちにある休憩エリアのひとつに俺はいるらしい。暗い木々の向こうにぼんやりと外灯が灯っているのが見えた。
	寒いのでとりあえず歩く。
	
	どうしようかな。
	運営とやらは五千万円を餌にして俺たちにコインを奪い合わせたいのだろうけど、正直俺はそんな金には興味がない。
	だいいち、どこの権力者だか金持ちだか知らないが、こんな違法をしてまで、人間同士を殺し合わせて、その様子を楽しむような連中の娯楽になってやる気にはとてもなれない。
	そういえば、昔、こんな映画や小説があった気がするな。
	あれも趣味が悪いと思ったものだけど。
	いつの時も悪趣味な人間の考える娯楽は似たようなものなのか。
	嫌悪感がこみ上げる。
	
	そうだ。
	そんなことより。
	あの子に会いたいな。
	紺野くん。
	あの可愛い子。
	
	胸の奥がポッと暖かくなる。
	紺野くん。
	無造作に短く刈られた髪の毛と仕事着のツナギ。
	考えたことがすべて表情に現れてしまう素直な性格。
	
	最初は顔が好みだな、と思った。
	話してみたら、すごく優しい子だな、とも。
	彼はしごく「真っ当」な人間だ。
	
	かわいそうに。こんな状況に巻き込まれてしまって、ものすごく混乱してしまっている。
	当たり前だ。コインのために殺し合うなんて異常な事態なんだから。
	他の参加者は多かれ少なかれ荒んだところも見受けられるけれど、彼にはそういう陰りはない。
	だから、こんな状況は耐えがただろう。
	
	「―――ああ、そうか、俺もか」
	
	ふと思いいたってちょっと笑う。
	俺も、こんな理不尽な状況に巻きこまれたんだから、もっと怯えてもいいはずだ。
	けれど、自分でも不思議なくらい恐怖はなかった。
	確かに困惑はしているけれど、これで自分が殺されてしまうとか怪我を負うという考えは出てこない。
	俺は案外図太くできてるらしい。
	ちょっとした発見だな。そう考えたらまた笑えた。
	
	歩いていたら向こうのベンチに数人の参加者が立ち止まって何やら話しているのが見えてきた。
	警戒しながら様子を伺うと、向こうも俺のほうを見ている。
	彼らの中の赤い髪の若い男が問いかけてきた。
	残念ながら好みのタイプではない。
	
	「アンタ、参加者か…?」
	
	頷くと、男たちは目を見交わして頷いている。
	彼らは一様に困惑しているような落ち着かない様子だ。
	どうやらいきなり襲いかかってくる気はないようだと判断して、俺も彼らに話しかける。
	
	情報交換をしていたという彼らの話を聞いてから、俺はその場を離れた。
	
	話を聞けたのは収穫だ。
	
	―――キバ太郎のチーム制。
	それに、連中にも派閥らしいものもあるらしい。
	キバ太郎同士で争っていた、か。なるほどね。
	五千万は大金だ。下っぱのキバ太郎にとってもなにがしかの魅力はあるのかもしれないな。
	
	そうやって、いくつか仕入れた情報を整理してゆく。
	歩みに合わせて足下の落ち葉がサクサク音を立てるのが小気味良かった。
	
	さて。案外彼らはこんなゲームを頻繁に繰り返しているのかもしれないな。
	拉致の手順も手慣れたものだったし。
	だとしたら世も末だ。
	
	ふう、とため息をついたところで、薄暗い木立の合間にしゃみこんでいる人影に気がついた。
	誰だろう。参加者に襲われて怪我でもしたか、もしくは気分でも悪いのだろうか?
	少し様子を窺ってみたが、夜目に判別できた姿が見覚えのあるクロイヌのツナギだと気がついて、思わず体温が上がってしまった。
	
	ああ、あれは紺野くんだ。
	
	地面を一生懸命探っているみたいだ。なにをしているんだろう。
	探し物かな?なにか落としてしまった?
	声をかけたいけれど、突然声をかけたら驚かせてしまうだろうか。
	
	忙しく考えながらも足が勝手に彼の方へ向かってしまう。
	ああ、俺はなんて欲望に正直なんだろう。
	でも仕方ない。彼は可愛い。本当に、いろんな意味で。
	
	俺に気がついた紺野くんはそれは驚いてしまったけれど、すぐに笑顔を見せてくれた。
	やっぱり可愛い。
	何をしているのか聞いてみたら、なんだか恥ずかしそうに上目で俺を見て、コインを探していた、なんて答えてくれた。
	
	―――なんて斬新な閃きなんだろうか。
	
	思わず感動で胸が震えてしまう。
	誰も傷つけることなくコインを手に入れる方法を思いついて、それを実行できるなんて、紺野くんでなければ思いつかない方策だ。
	
	俺も手伝うことにする。
	
	申し訳なさそうに頭をかく紺野くんは本当に可愛い。
	重ねて「手伝うよ」と申し出ると、今度は嬉しそうに笑ってくれた。
	無防備な笑顔だ。例えが適切かは分からないけど、子犬が慕ってくれた時のような愛らしさがある。
	―――いや、そんな例えでは追いつかないだろう。
	子犬が俺にこんなときめきを与えてくれるわけがない。
	
	体温が上がる。
	彼の笑顔をもっと見たい。
	俺のことを見つめてほしい。
	紺野くんを、もっと喜ばせてみたい。
	そして。そうだ。
	―――俺のことを好きになってほしいな。
	
	ああ、いつから俺はこんなに欲張りになってしまったんだろう。
	彼を想うと次から次に欲望があふれだしてしまう。
	
	地面に手をつきコインを探しながら、俺は甘いため息をそっと吐いた。
	
	まだ出会ったばかりなのに、どうしてこんなに彼のことばかりで心が占められてしまうんだろう。
	自分でも不思議だ。
	今までたくさんの相手と恋をしてきたけれど、こんな風な気持ちになるのは初めてかもしれない。
	俗にいう吊り橋効果というやつかな。すこし違うか。
	でも、愛に時間は関係ない。
	きっと、俺が彼に恋をするのは必然だったんだろう。
	
	とめどなく紺野くんへの想いを妄想していたら、遠くからやってくる足音が聞こえてきた。
	さっと立ち上がって紺野くんの前に立つ。
	なんだか嫌な気配だ。もしかしたらゲームに積極的な参加者かもしれない。
	だとしたら、穏便にすませられないかもしれない。
	
	そんなことになったら、紺野くんが傷ついてしまうかもしれないな。
	なんてことだ。そんなことが許されるわけがない。
	彼は平穏に、幸せに。平和な場所で笑っているべき人間なのに。
	こんな訳の分からないゲームで傷つけてはいけない。
	―――彼を守らなくては。
	使命感に駆られてそっと隣を窺うと、紺野くんが緊張した面もちでやってきた男たちを睨みつけていた。
	―――その精悍な表情に思わず見ほれかけてしまったけれど、それどころではなかったと気を引き締める。
	
	彼らは饐えたような嫌な臭いを漂わせながら、ヘラヘラとコインを出すようにと言ってきた。
	やはり。そうか。
	ぐ、と胃のあたりからこみ上げてくる黒いものが、怒りであることに気がついた。
	なにもかもが腹立たしくてたまらない。くだらないゲームも。そんなゲームに紺野くんと俺が否応もなく巻き込まれていることも。すべて。
	
	「だからぁ、お兄さん、コインをくれたら山分けってことでいいじゃん?」
	「そうそう、まあ、どうせなら丸ごとくれるんでもいいんだけどさ」
	
	ギャハハ、と下品な笑い声が辺りに響く。
	苛立ちが募るにつれて目の奥がズキズキと痛くなる。
	まったく。なんて下品な連中だろう。
	自分の欲得と命を秤にかけていることにすら気づかないお粗末な頭で、これまでどうやって生きてきたのだろう。
	粗野で、乱暴で、短絡的。
	おまけに顔すらも、まったく俺のタイプじゃない。
	
	―――こんな連中は生きている価値もないじゃないか。
	
	頭の中で冷たく響いた自分の考えにハッとする。
	
	俺は今なにを考えていた?
	―――他人の生死を忖度できるような人間じゃないだろう、俺は。
	
	戸惑ったのは一瞬。
	けれど、その一瞬で十分だった。
	護身用に用意してきた鋏が、ジャケットの中、突然に重く感じられる。
	
	そうだ。
	俺にはやるべきことがある。それは俺にしかできないことで、俺がやりたいからやることだった。
	
	目の前の靄が晴れたような衝撃を覚える。
	同時に体中にいまだかつてなかったような勢いで血が巡り始めてきた。
	ドキドキする。
	俺ができること。俺がやりたいこと。
	それをこんな形で悟るなんて思いもしなかった。
	チカチカと瞼の裏に紺野くんの笑顔が蘇る。
	そうだ、君のために俺ができること、分かったよ、紺野くん。
	
	
	「あっちに行けよ!俺たちはコインなんて持ってないって言ってんだろうが」
	
	紺野くんの硬い声で俺は我に返った。
	
	そうだった。ぼんやりしている場合じゃなかった。
どうもいけないな。まだ薬が残っているのかもしれない。
	
	でも、そう。やることが決まったのならさっさとやらなくてはいけない。
	
	俺はこみ上げてきた笑顔のまま彼らにコインを渡す提案をした。
	紺野くんが血相を変えて俺を止めようとする。
	ああ、なんて優しいんだろう。
	俺のことを心配してくれるんだね。
	でも、丸腰の君がこんな乱暴な奴らに殴られるところなんて、俺は見たくないよ。
	
	安心して。君を傷つける奴らは俺がきちんと遠ざけてあげるから。
	―――なんて。そんなことを言えば君は重荷に感じるだろうか。
	
	「大丈夫だから。ここで待っていて、紺野くん」
	
	ね?と紺野くんの肩を叩くと、紺野くんはあからさまに不服そうな硬い表情ですがるように俺を見た。
	
	「―――わかりました。でも、なにかあったら声上げてください。俺、行きますから」
	
	まっすぐに見つめられて、幸福感に俺は舞い上がってしまいそうだった。
	紺野くん。紺野くん。紺野くん。
	どうしてだろう。
	君に見つめられて、君に心配される。
	それがこんなにも俺に力を与えてくれるなんて、我ながら信じられない。
	
	でも、そう。
	俺は、完全に君に恋をしてしまっている。
	出会ったばかりなのに。
	けどもう、理由もなにも必要ない。
	俺が彼を好きだという事実だけがあればいい。
	
	背中に紺野くんの視線を感じる。突き刺さる心配そうな眼差しにドキドキしながら男たちと暗い路地裏に入る。
	
	最後に一瞬目に入った紺野くんの表情。遠目だというのに強張った表情が隅々まで見える。これが恋の力か。
	
	ああ、本当にどうにかなってしまいそうだ。
	
	紺野くん。可愛くてまっすぐな君が愛しくてたまらない。
	
	「で?オニーサンさぁ、本当にコイン持ってるわけ?」
	
	嫌な笑いを張り付けた生ゴミが2つ俺の前と後ろに立ちはだかった。遠くの外灯から差すわずかな明かりに浮かび上がる下品な髭面。最悪だ。
	おまけに彼らは一丁前に退路を断っているつもりらしい。
	本当に下衆な連中だ。
	
	「持ってるんなら、さっさと教えてくれるー?じゃないと、マジで殺しちゃうからさー」
	「そうそ、だってこれ、そういうゲームっしょ?」
	
	たまらないな。これ以上耳に入れるのも耐えがたい。
	紺野くんがいなくて良かった。
	こいつらの話を聞く価値なんて1ミリもありはしない。
	俺もこれ以上聞いていたら頭がおかしくなってしまいそうだ。
	そうとなればすぐに話を終わらせてしまおう。
	あんまり待たせては紺野くんが心配してしまう。
	
	俺は微笑んだまま、彼らに問いかけた。
	
	「―――コイン、欲しいの?君たち」
	「ああ?なに当たり前のこと言ってんだよ」
	「五千万だよ、五千万。コインひとつで手に入るならなんだって―――ゴプッ」
	
	最後まで聞き終えずに俺はジャケットから取り出した鋏を男の腹に突き刺した。
	ぐ、と力を込めて奥に押し込むと突き放すように体を押し退けた。
	完全に離れる前に男の髪の毛をわし掴むと、ほんの一瞬考える。
	
	どこがいいかな。
	この鋏だと先端が細いから骨がある部分にはちゃんと刺さらないだろうしな。
	……ああ、そうだ。そこがいい。
	
	微笑がこぼれる。
	俺はあっけにとられた表情を浮かべている男の耳穴にまっすぐ刃先を突き刺した。
	ズチュ、ゴチュ、という濡れた音がして脳髄まで鋏で貫いた手応えを感じる。
	血が出たが案外少ない。まあ、耳の穴だしね。そんなに勢いよくも出ないのかもしれない。
	
	鋏を抜き取ると、赤と白と黄色い粘液混じりのよく分からない液体で刃先が濡れていた。もうこの鋏は使えないだろうな。
	結構使いやすかったのに残念だ。
	
	でも。うん、やっぱり使い慣れた道具が一番だな。
	しっくり手になじむ。
	耳から血を出す男がガクガクと震えていた。
	
	「あ、ひゃ、が……?」」
	
	最後までわけが分からないと言いたげな顔をした男の目が眠そうに歪むのを見届けてから俺は男の髪から手を放し、その体を地面に蹴り倒した。
	軽い音がして男が永遠に地面に転がるのを感慨もなく眺める。
	
	さて、あと一人か。面倒だな。さっさと片づけてしまおう。
	
	ふう、と息をついてから振り返ると、もう一人の男はあっけにとられたような馬鹿面を下げて呆然と立っていた。
	ただでさえ間の抜けた顔がいっそう醜くなって見苦しいことこのうえない。
	思わず顔をしかめると、男の顔から一気に血の気が引いてゆくのが見えた。
	
	へえ。こんな暗がりの中でも分かるくらい、人の顔色って変わるんだな。発見だ。
	
	「あ、え?……な、なんで?え?マジ?マジ?これマジ?」
	
	「―――まったく、君は頭が悪いな。もう少し言いたいことは整理してくれないかな」
	
	呆れ半分に俺はもう一度息を吐き、手の中の鋏をチャキと弄んだ。
	うん。やっぱり手になじむ道具はいい。
	いつもは客の髪を手がけるまえのウォーミングアップの動作が、今は人を殺すためのそれに代わるなんて人生どこでどうなるか分からないな。
	チャキ、チャキ。もう一度鋏を鳴らす。
	
	「ひっ」
	
	その音に反応したのか男はいっそう震え上がると、地面に倒れた仲間と、俺の顔を忙しく見比べた。
	
	「君みたいな野蛮な人間にはコインも五千万も不相応だよ。諦めたほうがいい」
	
	一歩踏み出した。
	男も一歩下がる。
	
	「わ、わ、わあ…っ」
	
	本当に血の巡りが悪いらしい。
	まあ、下手に抵抗されるよりいいけれど。
	
	俺は手にした鋏を男の眼球に突き刺した。
	ほんの一挙動であっけなく刃先が男の頭にめり込んでゆく。
	人は案外脆いものだ、なんて考えながら、あまり血が出ないようにするにはどうすればいいかと考えを巡らせる。返り血はあまり浴びたくない。血の汚れは洗濯しても落ちないしね。
	ちょっと考えた結果、抜きとった鋏をだらしなく開いた男の口から喉奥に向けて力一杯突き刺してみた。無理矢理突っ込んだのはずみに歯が幾本かはじけ飛んだ。
	
	でもおかげでちゃんと柄の部分まで刃先が埋め込めた。うん。これなら平気かもしれない。
	でも、鋏を抜いたら血が吹き出してくるだろうから、これは諦めるほかはないだろうな。
	もう使えないからいいけれど。
	
	「ぶぶぶぶ、ぎゅ、ぢゅ、キュウ…」
	
	おおよそ、人の喉から出るものとは思えないおかしな音を上げながら男がゆっくりと地面に倒れていった。
	
	暗い路地裏に横たわる死体を2つ見下ろしながら、俺はやれやれと首を回した。
	
	初めてにしてはなかなかいい手際ではないだろうか。
	返り血だって浴びてない。
	なるほど、ヘアカットも殺人もちょっとしたコツがものをいうんだな。
	
	満足して俺はひとつ頷いた。
	
	これなら、紺野くんを守れるだろう。
	今回は慣れてなかったから少し手間取ったけれど、次はもっとうまくやれる自信がある。
	
	でも紺野くんは優しいから誰かが傷つくのを見るのを嫌がるだろうか。
	―――それに、俺が人を殺す姿なんてあんまり見せたくないし。
	そうだな、しばらくは陰から守ることにしようかな。
	
	うん、それがいい。
	
	考えたら楽しくなってきて、笑いがこみ上げてきた。
	
	ふと見上げた先に壁に巧妙に仕掛けられた暗視カメラのレンズが目に入った。
	
	おやおや、本当にのぞき見好きだな。悪趣味だ。
	
	「―――ピーピング・トムにもご挨拶をすべきかな」
	
	カメラに向けて微笑してみる。
	
	こんばんは、皆さん。
	いまの殺人は楽しんでもらえたかな。
	自分の身に置き換えてみたらもっと楽しくなるかもしれないね。ひらりと手を振る。
	
	「ふふ、見えてるかな」
	
	「向こう」側の悪趣味な連中にもいずれ挨拶しなくてはいけないかもしれないからね。
	紺野くんと俺に不利益が降りかかるようなら考えなくてはいけないかもしれない。
	
	ああ、いまは、それよりも、紺野くんのところに戻らないと。
	
	こんな血なまぐさい路地裏にいつまでもいるなんてとんでもない。
	一刻も早く紺野くんのそばに戻りたい。
	
	俺はウキウキと弾む足取りで路地裏から出た。
	
	「九条さん!」
	
	心配でたまらないという様子で紺野くんが俺に向かって駆け寄ってくる。
	でも、その顔は、喧嘩を覚悟した青年の表情も湛えていて俺の胸をキュンとさせた。
	
	―――ああもう、なんて可愛いんだろう。
	可愛いのに格好いいなんて反則だよ。
	
	両手を広げて抱きしめてしまいたいけれど、ぐっと我慢する。
	まだまだ。
	恋はちゃんと手順を踏んでいかないと。
	あんまり突然すぎると驚かせてしまうものね。
	
	俺の恋は、まだもう少し秘めておこう。
	
	大好きな君を守るまでは、ね。
	
	ああ、大好きだよ、紺野くん。
	
	必ず、君をこんな危険なゲームから守ってみせる。
	それが、俺がやりたいことなんだ。
	
	鼻腔に残る血の香りを味わうように胸の奥に落としこみながら、俺はこれ以上はないくらいの笑顔を浮かべてみせた。
	
	 
	
	<Fin>
	
	<2011・8・23>
この記事にトラックバックする