COUNT DOWN  (新田×紺野)
COUNT DOWN 3・2・1
リズムに合わせて思い切り腕を振りぬいた。
	
	
	
	―――ペシャリと潰れたトマトの赤が夜闇に弾けて心地いい。
	
	
	 
振りあげていたハンマーを地面についた。重い音をたててハンマーヘッドが地面にめり込む。
	
	ひとつ息をついて辺りを見回すと動いているものはもうなにもなかった。
	闇の中に自分の呼吸だけが響く。くそ、結構息が苦しい。
	
	もう一度息を大きく吸ってから首の後ろをかく。
	チクチクする。静電気か。
	ガリガリかきながら周りに転がる物体を見下ろした。
	
	さっきまで動いていた人間が、今は物言わぬ死体になって転がっているのがちょっと不思議だ。
	近くのそれに近づいて足で転がす。
	薄闇の中、頭がへしゃげた血塗れの男が恨めしそうに俺を見上げていた。
	
	「……」
	
	つーか、あんないいタイミングで飛び込んできたら頭を殴るし。恨むんなら間の悪い自分を恨め。
	
	それ以上の興味は覚えなかったからしゃがみこんで男の服を探る。コインはない。
	次の死体に移って同じように探る。やっぱりコインはなかった。
	
	―――まあ、そんな簡単に当たりが出るとは思ってないけど。
	
	もうひとつ、少し離れた場所に転がっていた死体に向かって歩きはじめたところで唐突に疑問が湧きあがってきた。
	
	「…なんでこんなことしてるんだっけ」
	
	足を止めて空を仰ぐ。冬の澄んだ空気の中、小さな星が何個か光っていた。黒い服についた毛玉みてぇだ。なんだかしょぼいな。
	
	空を見てたら眠くなりそうだった。どっかに座りたい。んで寝る。
	
	頭の中に誰かの顔が浮かんだ。
	お人好しっぽい間抜けな顔。誰かに似てる。
	思い出しかけてやっぱりやめた。そん時がきたら思い出すし今はいい。めんどいし。
	浮かびかけた誰かの顔はすぐに記憶の中に沈んでいく。
	
	―――旅行。
	
	単語が浮かぶ。
	
	―――家族と旅行に―――。
	
	ああ。そうだ。旅行に連れてくからコインだ。
	
	それに、添い寝、してもらったし。
	
	じゃあ、探さねぇとな。めんどくさいけど。
	
	煙草吸いたい。コートのポケットを探ったけれどなかった。
	どこかで落としたのか。くっそ。だりぃ。
	ため息をついてからもう一度歩き出す。引きずっているハンマーも嫌そうに俺についてきた。
	
	死体の側にしゃがむ。相変わらず恨めしそうに宙を見上げている死体の服を探したがコインはなかった。
	
	舌打ちをして立ち上がる。
	
	一生懸命探したのに。時間の無駄だった。
	
	どうすっかな。今日はもう参加者とやり合うのもかったるい。ねみーし。
	首をひとつ回してから目的地を決めた。
	隠れ家的あそこ。
	眼鏡と九条さんの顔が思い浮かんだ。
	
	あそこに行こう。んで、煙草吸う。あと寝る。
	
	歩き始めてからそういえば二人は煙草を吸わなかったなと思い出して、ため息をついた。
	
	もう一度死体にとって返して服を探る。
	
	「…あった」
	
	死体のコートから煙草を見つけたら気分が少し良くなった。おまけに俺の吸ってんのと同じ銘柄だ。
	少しだけ死んだコイツを見直した。死んでなかったら礼を言うのに。まあ、殺したのは俺だけど。
	高そうなジッポもついで拝借したら、今度こそこの場に用はなくなった。
	こいつらの死体もキバ太郎が片づけてくれるから明日にはなくなってんだろう。
	
	ハンマーを引きずる。
	武器は必要だろうと適当に用意したヤツだが、使い勝手がいい。
	今夜も景気良くぶん殴ったから金槌の部分は血塗れかもしれない。
	洗っといたほうがいいのか。帰ったときアパートの前で誰かに見られたら面倒だし。
	
	……水場、どこだ。
	
	「……めんどい」
	
	考えてたら色々かったるくなった。
	吐いた息が白い。鼻先辺りで揺れたそれが闇にほどけていくのをぼんやり見る。
	
	夜の廃遊園地は殺し合いの場だ。
	よくこんな遊びを思いついたもんだ。
	金積みゃ動くって思われてんのか。もっともそれで動いてる連中も多いんだろうけど。五千万って俺の給料の何年分だか。
	
	歩いてたらどこか遠くから怒号が聞こえた。
	
	「―――」
	
	声が聞こえてきた辺りに視線を飛ばす。当然、なにも見えない。
	闇の中、変なマスコットキャラの描かれてる錆びた看板が見えるだけだ。
	そういえば、夜の遊園地は不気味だってあいつは言ってた。
	ゲームの最初の頃、どっかの建物でカチ合った時の裏返った悲鳴を思い出してちょっと笑った。
	ビビりすぎだ。変なヤツ。
	
	ちょっと見は似てんのに中身は全然違う。
	最初の夜、地面に転がってるあいつを見て驚いた。
	しょっぱなから目的を達成したかと思ったけど、よく見たら違うし。別人だし。それでいいし。
	
	そういや今夜も生きてるのか、あいつ。
	名前を思い出そうとしたけど、めんどうだったのでやめた。
	
	それより。
	
	この場所のどこかにいるんだろうか。あの人。
	いるとすればここしか思い当たらない。
	まあいいか。他に心当たりもないし。いるかどうか分からないなら探せばいい。その内、なんかわかるだろう。
	
	生きてるのか死んでるのかは分からないけど、無事かどうかの心配はしてない。強いしな、あの人。
	
	園を半周したあたりで目的地が見えてきた。
	闇に浮かび上がる建物はいかにもな雰囲気で廃墟っぽい。
	窓の中は暗い。あんま人がいる気配はさせないってヤガちゃんが言ってたからパッと見じゃ居るかいないか分からないけど、入ればわかるから気にしない。
	早く煙草吸いてぇ。疲れた。
	
	「あー、」
	
	―――煙草、歩きながら吸ってくればよかったんじゃね?
	
	今更思いついて少しだけガッカリした。
	階段を登る。ガラクタをまたいで扉の前に立つ。
	
	軋んだ音を立てて扉を開くと、暗がりから緊張した数人の視線が突き刺さるのを感じた。
	
	「俺」
	
	敵だと勘違いされんのも困るからそう言うと、ホッと緊張が解けた気配を感じた。
	
	「なんやお前か、新田」
	「うん」
	
	ヤガちゃんの手の中で緑色のペンライトが灯る。
	その明かりの中にいつもの連中がいた。
	
	立ち上がりかけた体をパイプ椅子の背に預けたヤガちゃんが手の中でペンライトを弄んでる。
	
	埃まみれのテーブルの奥に九条さんが立ってた。さりげなく窓際で外を見張ってるっぽい。
	きっと俺が近づいてたのも見られてたな。
	
	「―――煙草、吸っていい?」
	
	手近な椅子に腰を下ろして九条さんに目を向けると、いつも通りの穏やかな笑顔が返ってきた。
	
	「どうぞ。―――紺野くんも良かったら吸ってね」
	「うス」
	
	九条さんの隣のダンボール箱に腰を下ろしてた人影が暗がりから顔を覗かせていた。
	―――なぜだかそいつに目を奪われて、煙草に火を点けかけたまま動きが止まる。
	
	こいつ、誰だっけ。
	ああ、そうだ。添い寝してくれたヤツだ。
	
	「紺野」
	
	ぼんやりと呟くと、紺野はさっさと俺に近づいてきて照れくさそうに笑った。
	
	「悪り。煙草一本くれ。俺のどっかで落とした」
	「いいけど」
	
	煙草を差し出すと紺野は嬉しそうに眉を下げた。ガキみてぇ。
	
	「あれ、お前そんなジッポ持ってたっけ」
	「さっきもらった」
	「ふーん」
	
	誰から、とも聞かずに紺野はうまそうに煙草をくゆらせた。
	俺も黙って煙を吸い込む。美味い。肺の隅々までニコチンが染み渡ってくのが分かる。当分禁煙はできねぇなこりゃ。
	
	しばらくは煙草を煙を吐き出す微かな呼気だけが部屋に響く。
	闇の中で互いの煙草の火の赤だけがやけに鮮やかだ。
	なんだか気分がいい。
	まだ眠いけど、でも気分がいい。
	隣に紺野がいるとなぜだか知らないけどちょっとホッとする。
	また添い寝してもらおう。きっとよく眠れる。
	
	「今日もやり合ってきたのか?」
	
	声をかけられたので目を向けると、紺野が硬い顔をして俺を見ていた。
	壁に立てかけた血塗れのハンマーが視界の隅に映る。
	紺野もそれに目を向けて、一瞬だけ変な顔をした。なんでンな顔してるんだ。
	これはそういうゲームで、俺は人を探してる。
	ついでにコインも探してる。だから邪魔するヤツらはやるしかないだろ。
	
	そう話すのもダルいので黙ってたら、紺野はもう一度煙草を吸ってから、目線を足下に落とした。
	
	「―――」
	
	それきり何も言わないので、椅子の背に寄りかかって煙を吐き出した。紺野も黙って煙草を吸っている。
	
	暗い部屋の中で、時折ヤガちゃんと九条さんがボソボソと何か話している。
	現時点でどれくらい人数が残ってるのかとか、そういう話。
	
	そういや、今日で何日目だっけ。
	3日?4日かそんくらいか。
	なんも手がかりない。あんま人減ると情報も手に入らねーかもしれないな。
	それは困るなとぼんやり考えてたら、視界の端で九条さんが動くのが見えた。
	
	「紺野くん。手の怪我の具合はどう?ちゃんと病院に行った?」
	「あー、えーと、…はは」
	「だめだよ。結構深い傷だったし、今はこんな訳のわからないゲームに巻き込まれてるんだから、傷の手当てはしておかないと」
	
	今日は傷口の消毒はした?と言いながら九条さんは紺野の手を取った。
	
	―――それ、俺のなのに。
	
	二人の様子を眺めながら二本目の煙草に火をつけた。
	さっきはあんなにうまかった煙草が妙に苦い気がして眉が寄る。
	ヤガちゃんの呆れたみたいな声がした。
	
	「こらハサミ。お前、コンとその他に対する態度が違いすぎるんじゃ。いいかげんにせぇよ」
	「俺は人を見てるだけだよ。それより、ちゃんと手元を照らしていてくれないと怪我の具合が診れないんだけど」
	「人見てそれかい。ホレ、これで見えるやろ」
	「妥当だと思うけど。うん、ありがとう」
	「はは、あの、九条さん、ちょっと近すぎますって」
	
	九条さんに身を寄せられてのけぞった紺野が上ずった声を上げた。
	
	「だってちゃんと診ないと分からないよ。―――沁みるから我慢してね」
	「うす。―――イチチ」
	
	消毒薬が沁みたのか紺野が顔をしかめた。
	ひそめた眉と涙目。痛みを堪えようと口唇を噛む紺野の顔が薄緑の明かりのなかユラユラと揺れてる。
	
	「―――」
	
	短くなった煙草の煙を吐き出す。
	
	「うー、けっこう、沁みます、ね」
	「ごめんね、でもちゃんと消毒しておかないと膿んじゃうから、もう少し我慢してね」
	「はい。すんません。…っうー」
	
	ビクッと震える肩。こいつ、普段はぼーっとしてるのに、そういう表情をしてると結構クる。
	
	下腹に熱がじわりと湧いてきた。
	やばい。勃ったかもしんない。
	
	じわじわと疼くそこを放置してもう一本煙草をつける。
	まだ痛そうな声をあげる紺野のほうを見たら、九条さんがやけに熱心に紺野の顔を見ていた。もしかしてわざと傷口をつついてるのかもしれない。
	この人たまに欲望だだ漏れだよな。
	
	「あとは薬を塗って包帯を巻くだけだから。頑張ったね、紺野くん」
	「や。俺こそガキみてぇに痛がってすんませんっした」
	「深い傷だし、痛くても仕方ないよ」
	
	九条さんの手が丁寧に紺野の手を撫でる。
	薬を塗って包帯を巻いて、その合間になぜか足とか腕とかにも指を這わせてる。
	
	―――だからそれ、俺のなのに。
	
	イライラしたので思いきり煙を吐き出した。
	ヤガちゃんのため息がそれに重なった。
	
	「おい、そろそろ時間やぞ。―――こらハサミ。いつまでコンに触ってんねや。いいかげん離しぃ」
	「うるさい眼鏡だな。馬に蹴られてもしらないよ」
	「うっさいわ。それ言うたらどっちが蹴られるかわからんやろ」
	
	軽口を叩きながらヤガちゃんはチラと俺を見た。
	ほんのちょっとだけ意味ありげに笑う。眼鏡の奥の目が猫みたいに細くなった。相変わらず鋭いなこの人。
	
	「―――…ねみぃ」
	
	他に言うこともないのでそう言って目を閉じた。ついでにヤガちゃんにお願いする。
	
	「ヤガちゃん、俺んこと入り口まで担いでって」
	「アホぬかせ。オマエみたいな図体のデカイ男なんか運びたないわ。あとその呼び方はやめ言うとるやろ」
	「残念」
	
	似合ってるのに。紺野命名だし。
	欠伸して煙草の火をひねり消す。ヤガちゃんがうるさいので吸い殻は残せない。いいや、外に出たらその辺で捨てよう。
	
	立ち上がる。肩が凝った気がして腕を回す。
	
	「行くぞ、紺野」
	
	振りかえって紺野に声をかける。珍しく不機嫌っぽい顔をしてた紺野はびっくりしたみたいに俺を見た。
	それに背を向けてハンマーを引きずって扉に向かう。
	
	「あ、おい、待てって」
	
	慌てて追いかけてくる紺野の気配に笑いだしてしまいそうだった。
	なんでコイツいつも慌ててんだろ。面白いヤツ。
	
	廃材をまたいで外に出るとなんとなく並んで歩いた。
	
	まだ遠くからは怒鳴り声とか叫ぶ声とかが切れ切れに聞こえてくる。
	元気だな。アイツら。
	そういや今夜は吉本を見てない。どっかで楽しくやってんだろうな。
	ズルズルとハンマーを引きずる音と隣を歩く紺野の草を踏む音。
	後ろからは九条さんとヤガちゃんの気配もする。
	誰も話さないからねみぃな。
	
	欠伸を噛み殺してたら紺野も隣で背伸びをしてた。でかい欠伸をしながらのんきな声をあげる。
	
	「あー、くそ。毎晩こんなことしてたら寝不足で倒れちまう。早くコレ終わんねぇかな」
	
	涙の滲んだ目を袖で擦りながら紺野は欠伸した。
	コイツの仕事って朝早いんだっけ。このゲームが始まってからもマジメに仕事行ってるみたいだから疲れてんのかもな。
	
	「あと何日だっけ?残り」
	「さあ」
	「……終わったらさ、打ち上げで新田の店に飲みに行っていい?」
	「いいよ」
	「なんかサービスしてな」
	
	冗談っぽく言って紺野が笑う。
	てか、前も同じ話した気がする。けど、前とは違う空気だった。少しだけあったかい感じ。なんでだ。
	一瞬だけ考えてから答える。
	
	「うん。いいよ」
	「そか。ありがと」
	
	ガキみてぇな笑顔で紺野は俺を見た。なんか犬が尻尾振ってるみてぇ。頭をワシャワシャ撫でたくなるような顔だ。
	あの人はこんな笑い方をしない。
	そう考えてちょっとだけ混乱した。
	記憶の中の笑顔に紺野の表情が重なってしまう。違うのに。そうじゃないのに。
	
	―――どっちだ。今は。
	
	「あー、早く終わらねぇかな」
	
	今度は弾むような声でぼやくと紺野は空を見上げた。
	明日は晴れそうだな、とか適当な天気予報を言ったりしてる。急に元気になったなコイツ。
	ずるずるハンマーを引きずる。
	血を落としてないけど、もういいか。アパート着いてから洗おう。
	
	そう考えたついでに思いついたことがあって紺野を呼んだ。
	
	「なに?」
	
	きょとんと俺を見る紺野の顔を見て吹きそうになった。
	なんでこんな開けっぴろげなんだか。
	
	「サービス、してもいいけど。そん代わり添い寝して」
	「え」
	「約束」
	「ちょ、おい、待てって、新田」
	
	うろたえた声と赤くなってる顔がおかしい。
	ダメ押ししとこう。息がかかるくらいまで紺野に近づいてその目をのぞき込んだ。
	
	「約束な」
	
	に、と笑うと紺野は赤くなった顔で呆けたように俺を見て足を止めた。
	
	立ち止まった紺野をそのままにして入り口に向かって歩き始める。
	園内に蛍の光が流れはじめた。時間だ。はやく帰ろう。んで、寝る。
	
	そん時に紺野が隣にいないのが少し不満だった。
	
	けど、いい。
	約束したから。
	
	―――どっちでもいい。今はまだ。
	
	そん時が来たら、どうするかわかるから。
	
	もうすぐ始まるカウントダウンで全てが決まる。
	
	
	背後から走ってくる紺野の気配を感じながら、俺は欠伸をした。
	
	
	―――COUNT DOWN・・・
	
	<Fin>
	
	<2011・9・14>
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