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白い花

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陽 春 (キ主従)


「冬の妹」の「アルテール・エゴ」の二次作品。

ゲームより少し前。

キ主従の旅の一幕。



陽 春 (キ主従)



 

うららかな春の陽射しが降り注ぐ穏やかな昼下がり。


街道沿いに生い繁る小楢や樫の柔らかな葉陰越しに見える青空に雲雀の声がこだました。


その中。木曽の山中をうねうねと巡る裏街道を、旅装を整えたキの主従三人が慣れた足取りで歩いていた。


「いい天気ですね、大将。こんな日は木曽川のほとりでのんびり昼寝でもするに限るってーのに、何が悲しくて埃まみれになって旅をしなくちゃいけないんですかー」


空を眩しげに見上げた青枝が情けなさそうにぼやくと、傍らを歩いていた五郎太が、まあまあ、と親友を宥めた。


「仕方ないだろ。木曽の殿さま直々のご下命とあっちゃね。面倒だけどさっさと済ませてしまうのが一番の早道だ」


「わかってるけどさ。こんなお役目、木曽の直臣に命じればいいのに、何だってうちの大将が行くはめになるんだか。―――俺たち別に殿さまの譜代でも何でもないってのに、いいように使ってくれちゃってさ。ね、大将」


侍従の遠慮のない言葉にそれまで黙々と歩んでいた千雅也は苦笑した。


「本来ならばそうだな。一介の地侍にすぎぬ我らが承るお役目ではない。だが、今は情勢が情勢だからな。下手に直臣を動かせばいらぬ誤解を生みかねない。
その点、我らならば万が一あらぬ嫌疑をかけられても、お舘さまはいかようにも言い逃れができる。それゆえの人選だ。―――なに。難しく考えぬでも問題がなければ何事もなく終えられるお役目だ」


いつも通り穏やかな主の言葉に直情型の青枝はケッと顔をしかめた。


「それって、何か問題が起こったら切り捨てるぞ、って話でしょう。体のいいトカゲの尻尾切りじゃないですか。キを舐めるのもいい加減にしろってんだ」


道ばたの石を苛立たしげに蹴りとばした青枝に千雅也は小さく笑った。
青枝は千雅也が木曽氏にいいように使われて、いらぬ危険を背負い込むのが面白くないのだ。木曽氏とキの関係は基本的に淡泊な雇用関係だ。報酬が支払われる限りは味方をする、という関係の元に成り立っているうえ、青枝や五郎太が命をかけて守ろうと決めているものは目の前にいる年若い当主だけである。


仕方ないこととはいえ、主が使いっ走りのように扱われているように思えて青枝などはどうにも面白くなかった。


「キが代替わりをしてからまだ間もない。お舘さまも私という新しい首領の見極めに苦慮しておられるのかもな」


つい先だって、前当主である鍔倉千影が急逝して代わりに立ったのがまだ年若い千雅也であること。戦働きは申し分のない実力を持っているとはいえ、いざという時に信頼に値する人物であるかどうかを推し量っているのではないかと千雅也は考えていた。


彼らが向かっている先は、木曽氏の前当主と旧交のある、とあるご隠居の住まう庵だ。そのご隠居に書簡を届けること。それが千雅也がたまわった命である。
ご隠居は尾張の織田家に縁の連なるお方であると聞いている。
この時期にわざわざ火のないところに煙を立てぬでも、と思わぬでもないが、主公じきじきの命とあっては断ることもできぬ。


また相手が相手であるだけに万全を期す意味でも、キの首領である千雅也自身で届けるべきだった。


それに、ここしばらくというもの、キの総領として、また鍔倉家の当主としての諸事をこなすため座敷に籠もりきりだった。いい加減息が詰まる思いをしていた千雅也にとってこの短い旅はいい気晴らしでもあったので、お役目を受けることに否やはなかった。


「ぼやいていても目的地は近くならないぞ。そうだな、次の宿場町に着いたら揚げ煎でも買ってひと休みしよう」
「それいいですね!よし、そうと決まったらちゃっちゃと行きましょうよ大将」
「……単純だなあ」
「あ?!何か言ったか五郎太」
「いーや、何にも」
「…むー。…わかった。お前に揚げ煎はやらねェ。ははは、ざまーみろ!オレと大将が煎餅食うのを指を咥えてみてやがれ」
「あれ?そんなこと言うの?青枝さ、この間うちに来た時に婆さまがふかした饅頭をさんざん食ってったくせに。おかげであの時、俺の分がなくなったんだよね」


今日は揚げ煎かー、食い物の恨みって怖いよねーなどと言ってしれっと顔を逸らす五郎太に食ってかかる青枝の騒々しい声が春の山に吸い込まれてゆく。
相変わらずの侍従らのやり取りに千雅也の表情もほころんだ。
彼らとこんな風にのんびり歩くなど、随分と久しぶりな気がする。
強ばった心がほどけてゆくような気がして春の暖かい空気を胸いっぱいに吸い込んだ千雅也は満足げに目を細めた。


街道とはいえ、現在はほとんど使われていない裏街道の道は険しい。場所によってはほとんど獣道かと思われるほど狭く草むした箇所もある。
いくつかある難所のひとつを越えて、苔に覆われた一里塚がある開けた道に出た時だった。


不意に千雅也は眉をひそめて顔を上げた。
見れば五郎太や青枝もわずかに緊張した面持ちで周囲に目を配っている。
ごく自然に千雅也を守る位置に足を進めた侍従らが言葉もなく千雅也に頷いたところで、周囲の藪や木の陰からバラバラと人影が現れた。


人数は十数人。いずれも野盗や山賊くずれのような野卑な風体の男たちだった。
そんな彼らの中でもひと際猛々しい気配が漂う大男の陰から、細身の男が姿を現した。頬に傷のある無精ひげの壮年の男だった。


鋭い目で射抜くように千雅也を見ながら、男は軋むようなざらついた声音で誰何した。


「おんしがなんとかいう殺し屋一族の総領かい」


顎を撫でながらニヤニヤと嗤う男に千雅也が答えるより早く青枝がズイと前に出る。


「こら、テメーら。山賊風情が何しに来やがった。うちの大将に気安く声をかけてんじゃねー。殺すぞ」


薄藍の旅衣をまとった美女の口から零れた男の声と物騒な言葉に男たちがざわついた。
頬に傷のある男は面白そうに眉を上げて鼻を鳴らす。


「なんじゃ、ぬしは男か。そげな格好して歌舞伎やって男相手に尻でも使う気か」


「カーッ!殺す。決めた。テメーはオレが殺す」


揶揄もあらわな賊の言葉に一瞬で青枝が殺気立つ。
懐手に手を差し込んだ青枝を手で押さえて、五郎太が落ち着いた声を発した。


「お前たちの目的は何だ。俺たちのことを知ってるみたいだけど、誰かに命じられたのかな」
「今から死んでいくヤツが知る必要はないだろうよ。―――胸に手を当てて考えてみりゃあ思い当たることがあるんじゃねぇのかい」
「あいにくと心当たりがありすぎて分からないな」


飄々と肩をすくめた五郎太が背後の千雅也を振り返った。


「御曹司。どうせ簡単に口を割るわけはありません。とりあえず頭を捕らえて吐かせてみますか?」


五郎太の言葉に周囲を取り囲む賊らは一斉に笑いだした。
これだけの人数差で何を戯けたことを、と馬鹿にしたようにわらう男たちを見回して青枝は忌々しげに舌打ちした。


大将の許可が下りたら全員ぶっ殺してやると呟いた青枝は今にも賊に飛びかかってしまいそうだ。
五郎太がのんびりと青枝を宥めるのを横目に、千雅也は場に合わぬ落ち着いた様子で賊に語りかけた。


「お前たちの目的が何であれ、我らはおとなしく従うことはできない。互いの為にもここは引いてほしいのだが、どうだろうか」
「ぬしゃあ阿呆か。目的も果たさずハイそうですかと引くわきゃァなかろうが。わしらはおんしの命がほしい。おとなしく首ィ取られろ、若造」
「私の首に用か。―――ということは、我らの生業について恨みがあるということか」


探るような千雅也の言葉に頬傷の男は鼻を鳴らして嘲笑した。


「悪く思うなよ。本当ならばおんしの親父の首に用があったんだがの。間の悪いことにおっ死んじまったからなァ」


男は己の優位を確信した笑みを浮かべ、千雅也の顔を舐めまわすように眺めて言葉を続けた。


「親父の買った恨みは息子に払わせるっちゅうことで、とあるお方と話がついたところだ。―――恨みを買うような輩がこげな人数でフラフラしとったのが運のツキだったなァ」
「父上への、恨み―――」


険しい表情で千雅也は呟いた。
それではこの連中は鍔倉家に恨みを持つ人間が遣わした刺客なのか。
―――千雅也に代替わりを果たしたことによって襲撃の時期を見失ったのだろう。元々千影は病弱で、戦以外で旅に出るような人間ではなかった。
年若い当主であれば始末も容易いと判じられたのだろう。


この賊らの目的が木曽氏から預かった書簡にないということが分かればもう用はない。


目の前の賊らは飢えた獣ようにギラついた殺気を突きつけてくる。側に控えた侍従たちの緊張も頂点に達していた。そろそろ限界だろう。千雅也は細く息を整えた。


「残念だが私の首をやることはできない。お前たちに引く気がないのであれば残念だが力づくで引いてもらうほかないな」


頬傷の男を真っ直ぐに見据えた千雅也がそう断じると、その場に空気は一気に逆立った。


「言うだけならなんぼでも大口たたけるわなァ!」


頬傷の男がやっちまえと叫ぶと、手下の賊が千雅也へと切りかかった。


「御曹司、俺が、」


主を庇い一歩踏み出た五郎太の飛ばした長針が正確に賊の喉に突き刺さる。短い絶鳴と共に倒れた仲間に刺客らは怒号をあげた。
戦闘の許可が下りて、好戦的に笑う青枝が主を振り返る。


「大将、あの頬傷野郎はオレがやっていいでしょう?」
「頼む」
「まかせてくださいって」


主の許可を得青枝はて喜々とし飛び出した。賊らの間合いに入る前に次々と放たれた棒手裏剣が、長物を構えた男らの急所を貫く。血しぶきを上げて倒れる男らの合間に返り血ひとつ浴びない侍従が悠然と佇んでいた。


「張り切ってるなぁ。あんまりやりすぎるなよー。一応依頼主は吐かせておきたいからさ」


五郎太の呼びかけに青枝はわかってるって、と弾んだ声で返事をした。
女のなりをしていても青枝は主従の誰よりも好戦的だ。


歩くだけの旅に退屈していたのだろう。いい気晴らしとばかりに鬱屈を晴らしているように見えた。
青枝がひとつ腕を振るごとに、賊の濁った悲鳴があがる。
侍従らの勢いのたじろいだ賊らが体勢を整えるために藪に身を隠す様を見て青枝が吠えた。


「オラァ!物陰でコソコソしてるんじゃねェェェ!山賊ごとき三下がうちの大将の首を取ろうなんざ百年早いんだよ!」


次々と賊を倒してゆく青枝のやや後ろでは五郎太が長針を構え、得物の飛び道具を構える賊らを狙い打ちにしている。


自分たちにに近づこうとする賊らを睨みすえて、千雅也もまた短刀を抜きはなった。


流水のごとく淀みない太刀筋。切りかかってくる賊をひと太刀で切り伏せると、返す刃で背後に迫る賊の喉首を迷いなく切り裂いた。


「お見事です、御曹司」
「いつもお前たちに鍛錬に付き合ってもらっているからな。近頃は実戦に出ていなかったが腕は鈍っていないようで何よりだ」
「あはは、それじゃ俺も御曹司との鍛錬の成果をお見せしないといけませんね」


五郎太の目が底冷えのする冷たい色を帯びた。
薄く笑んだ五郎太の死角から躍りかかってきた賊がいる。
長針は間に合わない。


鋭い気息と同時に五郎太は腰に差した山刀で賊の刀を受け止め、力を込めて押し返し、迫る勢いのまま賊の肩口から首まで逆刃にひと息に切り裂いた。


もんどりうって倒れる賊の影からもう一人の賊が切りかかってくる。


「―――チッ」


山刀を返すのが間に合わないと判じた五郎太が身を伏せると同時に、図ったように背後から青枝の棒手裏剣が飛んできた。
正確に喉を貫いた凶器に、賊は勢いを失い地に伏せた。


「油断してんなよ、五郎太。そんなんじゃ、オレがいいところ全部持ってっちまうぞ」
「ありがと、青枝。助かったよ」


長年連携を取って戦ってきただけあって、息のあった侍従の戦いぶりだ。
千雅也もまた負けじと賊を切って捨ててゆく。


「―――くそっ!なんだってんだッ!」


手下が次々と倒されていく光景に頬傷の男が狼狽した風に叫んだ。


「どこのどいつに頼まれたか知らねーが、キを舐めんな!」


あらかたの賊を片づけたと判じて青枝が頬傷の男へ一歩踏み出した。千雅也が眉をひそめる。


「青枝、依頼主を聞き出すまでは殺すなよ」
「わかってますって、大将。簡単に殺しゃしません」


パン、と拳を手のひらに打ちつけた青枝が歯を見せて笑う。ひどく物騒な笑みは年若い男が見せるにはあまりに凄惨なそれだ。


青枝に呼応するように、頬傷の男の前に巨漢の男が立ちふさがった。
血走った目で千雅也を睨みすえると、五郎太、青枝へと順々に目を向けた。


「テメーら、うちの手下ァ全部殺っちまって、どうしてくれる気だ」
「先に手を出してきたのはそっちだよ。返り討ちにあったからと俺たちを責めるのはお門違いってものだ」


淡々と五郎太が告げると、巨漢の賊は大ぶりの鉈を振って吠えた。


「ほざけ!!テメーら全員、屑肉にしてやらァァァ!」
「ヘッ、やれるもんならやってみろ!」


腰を低めた青枝が身構える。このガタイ相手に棒手裏剣ではいかにも心細い。
誰もがそう考えるだろうが青枝の目に怯えはない。


口唇を舐めて油断なく巨漢を見据える。互いの動きを図りながらじりじりと移動する。
堪えがきかなかったのは巨漢のほうだった。


「わっぱ風情が俺様を倒そうなんぞ片腹痛いわァァァ!死ねェ!小僧!」


ぶぅん、と風を切る音と同時に、巨漢に似合わぬ身軽さで賊が切り込んできた。
普通の鉈より格段に間合いの広い巨刀を縦横無尽に振り払う。並の剣士ならば暴風のごとき勢いのために迂闊に近寄れないだろう。
だが、普段から五郎太、千雅也らと鍛錬を繰り返してきた青枝にとって、賊の男の動きは余りにも遅かった。
動きのひとつひとつが全くの無駄としか思えない。


青枝が一層腰を低める。鈍重な攻撃など見切るまでもない。
間近で唸りを上げる刃を避けると同時に棒手裏剣を鋭く放つ。続いてもう一投。


「ガッ!!!」


正確に賊の左目と喉笛を貫いた棒手裏剣に賊は束の間動きを止めたが、恐るべき執念で数歩進むと手にした鉈を振り抜いた。
髪一筋の差で刃を避けたが狭い足場に気を取られ、さすがの青枝も体勢を崩す。
横に転がりざま青枝が鋭く叫んだ。


「五郎太!頼む!」
「はいよ」


応えと同時に賊の死角から放たれた長針が野太い脚に突き刺さった。
姿勢を崩して賊が膝をつく。濁った眼で己を倒した相手を探そうとしたが、男はその顔を見ることは永遠になかった。
―――傾いだ体を直す間もなく、五郎太の振りぬいた山刀が容赦なく賊の首筋を抉りとったからだ。


「―――ぴ、イイイィィ―――ッ」


巨漢の喉から笛を鳴らすような音がり巨体がゆっくりと地に伏せる。辺りはつかの間の静寂に包まれた。


五郎太は、敵を殺めて尚、昂奮も後悔も―――いかなる感情も見せず、山刀の血糊をひと振りで振り払う。


「さぁて、詰みだな。たくさんいた仲間はみんな死んじまったぜ。どうすんだよ、お山の大将」


不敵な笑いが響く。草を踏んだ気配がしたかと思えば、いつの間にやら青枝が頬傷の男の背後に立っていた。
そして、男の前には千雅也が立つ。


「―――て、てめぇら…っ!」
「みな死んだな。お前はどうする。依頼主を話すというのなら、助けてやってもかまわないが」


この凄惨な殺戮の場にあって、ひとり凛とした空気を纏った千雅也の透徹な目が頬傷の男にひたと向けられた。


圧倒的な人数差をあっという間に覆されたあげく、逃げ場がないほどに追い込まれてしまった。あまりにも不利な状況に賊は顔色をなくして千雅也をただ見つめた。


「誰がテメェになんぞ…!」


虚勢を張っても声が明らかに震えている。誰に依頼されたか知らないが、彼はキの実力を侮りすぎていた。
山賊くずれや野盗まがいのゴロツキ集団とは異なり、キの人間は一兵卒にいたるまで訓練された刺客の集団だ。
ましてや鍔倉家の当主とその侍従らともなれば、彼ら程度の賊が束になってかかろうと相手になるわけがない。


青枝が棒手裏剣を弄びつつ、愉しそうに目を細めた。


「白状しねーってんなら、殺してくれーって泣いて頼むまで痛めつけるだけだけどな。おもに五郎太が」
「ハハハ、まあね。こんな山の中でも色々できるけど。でもせっかく御曹司が許してやるって言ってくれてるんだから、大人しく白状したほうがいいと思うけどな」


のんびりとした口調とは裏腹に、五郎太の目が針のように細くなってゆく。彼が「お役目」を果たすときだけ浮かべる表情だ。何とも言いがたい凄みを感じたか頬傷の男がゴクリと息を飲んだ。


「―――ち、ちくしょう…っ!!テメーら程度の若造に…!!」


今さらながらに戦場で聞きかじったキの噂を思い出したのか、頬傷の男は逃げ場を探すように周囲をせわしなく見まわした。
賊の態度を見た青枝は心底つまらなそうに息を吐くと侮蔑に満ちた目を向けた。


「あーあーあー、なんだよなんだよ、もしかして逃げたいのかよ。つまんねェなァ、さっきまで、なんだっけ?うちの大将の首をとるとか言ってたじゃねぇか。あの威勢はどこいったんだ。あ?」


どうせなら抵抗してくれたほうがありがたいと、態度が物語っている。
侍従の怒りが収まっていないのを感じた千雅也が困ったように少し首を傾げた。
できればここで引いてもらいたいところだ。


「どうする。お前は依頼主を吐く。私はお前を助ける。悪い条件ではないだろう?」


千雅也が再三そう告げる。言いながらも目の前の賊が白状する確率はどれほどあるだろうかと考えた。
仲間を殺されて自棄になってかかってくる可能性も否定できない。
だが、それでもできるならば無益な血を流したくなかった。己の生業を鑑みればいかに綺麗ごとにすぎないかわかったうえで、それでも千雅也はそう願っていた。


―――そしてその願いと同じくらい、自分と、自分の大切な者を守るためならば敵に対して容赦などしないとも決めている。
キの首領として、また、数々の戦場を駆けた者として己の果たすべき役目を千雅也は十分にわかっていた。
目の前の賊があくまでも逆らうというのなら、千雅也が取るべき選択はただひとつだ。


「答えろ」


カチリと刀の鍔を無意識に鳴らしながら千雅也がそう迫ると、頬傷の男は息を飲んで答えた。



☆☆☆



「まったく。先代の恨みを大将にぶつけるたァふてェ野郎だ」


足元に転がる死体を無造作に蹴り飛ばして青枝が毒づいた。


かつて千影が殺したとある人物の仇討ち目的だったらしい。


結局、最後の抵抗とばかりに斬りかかってきた賊を捕らえ、尋問にかけて依頼主を聞きだしたはいいが、怪我が元で賊は命を落としてしまった。
それ自体はいた仕方ないことだ。戦いの末の生き死には時の運なのだ。だから、この場の誰もそれに異を唱えることなどない。


だが、それでも、と千雅也は物憂げな様子で短刀の血を拭うと鞘に収めた。


「父上が―――キが買った恨みはそれほどに深いということだろう。殺しを生業にする我々ならば、恨みを甘んじて受けるのも定めということだ」
「ん。だって、大将。テメェで殺した相手の仇討ならいざ知らず、これじゃ逆恨みをいいとこじゃないですか」
「こればっかりはね。キが憎い相手から見たら、鍔倉家の首領というだけで恨まれても仕方ないよ」


面白くないとばかりに口を尖らせる青枝を宥めるのはやはり五郎太だ。


「だからこそ、俺たちが御曹司を守るんだろ」
「おう。まあ、そういうことだよな」
「そうそう。侍従の俺らがしっかりしていれば、御曹司が逆恨みなんかで怪我したりしないって」
「そっか。そうだよな。よっしゃ、大将!まかせてくださいね。これからもバーンとオレ達がお守りしますから!」


みるみる機嫌を持ち直した青枝が、全開の笑顔で千雅也を振り返った。
う、と少しばかりたじろいだ千雅也に、五郎太が笑いを堪えるような顔のまま目配せする。
五郎太の意図を察して千雅也もまた頷いた。鉄火肌の青枝がぶすくれたままだと五郎太が苦労するのだ。千雅也は微かな笑みを見せて青枝を見返した。


「頼む。だが、お前たちが怪我をするのもダメだぞ。大体、私にばかり怪我をするなというのは不公平だ。私は、私を守ってお前たちが怪我をしたり死んだりするのは嫌だからな」


「大将…!」


生真面目な主の言葉に青枝は感極まったように目を潤ませた。色々な意味で沸点が低いのだ。
一方の千雅也はどこまでも真面目だ。冗談が通じないわけでもないのだが、色々な意味で沸点が高い。


「大将を守ってする怪我は怪我なんかじゃないっす!だから心配しないでください!!」
「―――怪我ではないと言っても、怪我は怪我だろう?」
「怪我ですけど怪我じゃないです!名誉の負傷です!」
「? 負傷は怪我じゃないか、青枝」
「名誉の負傷は怪我じゃないですよ!」


噛みあってるんだか噛みあってないんだかわからない会話を繰り広げながら、青枝と千雅也が主従の絆を深めている傍で、五郎太は生温かい笑みを浮かべてうんうんと頷いていた。


「今日も平和だなー」


ゴロゴロと屍が転がる春の山の中。若葉の香気ですら打ち消せないほどの濃い血臭漂うその場で、主従三人はどこまでも明るく朗らかだ。


やがて来る嵐の気配はわずかとも感じられない、平和なある日の出来事だった。



<2011.4.25>
 

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